Sunday, January 13, 2008

マゼランが殺害された島、セブ島でフィリピン建築家たちにメッセージを伝える




2007.10.27

フィリピン建築家協会の大会は2度目だが、彼らは毎年2度開催される全国大会の式典を盛大に行う。2004年にマニラで開催された大会では2000人が晩餐会に参加し、そこで行われる式典で、新しくノミネートされた名誉貢献会員(フェロー)が、大学の式典で総長、学長、学部長らが纏うようなガウンを着用し、栄誉ある儀式に参列する。クラシック音楽が奏でられるなか、建築家として、職能に対して、また社会に対して貢献した建築家たちが一人一人名前を呼ばれ、栄誉あるFUAP,の称号を受け取る。
またエンターテインメントとして伝統芸能のパフォーマンスなども披露され、僕たちのような招待客はフィリピンの文化に圧倒される。

今回の講演では仲間でもあるマレーシア建築家協会会長のタン博士と地元フィリピンの環境活動家レナト・コンスタンティノ氏とともにフィリピン建築家たちにメッセージを送った。僕はアジアにおける建築家の社会活動の意義として、自分が参加しているアジアの近代建築再生プロジェクトの事例を交えて語った。
もちろん、建築はそれに携わるものにとっては職業であるし、各自の家庭を支える収入源ではあるが、建築という社会性をはらんだ事実はただの収入源として考えるのではなく、社会の健全な進化と人々の幸せな暮らしというように、人間の存在のすべての要素に貢献できる可能性のある職業だということを、元気に働いている建築家たちに、また、これから建築家を志す若者たちに伝えたいという思いを持ってフィリピンでも壇上に立った。

ところで今回の大会はセブ島で行われた。セブの町は、人口と文化的にフィリピン2番目の都市だそうだ。僕にとってセブ島とは、日本人がよく行くリゾートアイランドか、セブマンゴで有名なところと結構世俗的な知識しかなかった。ところが、じつはあの大航海時代の冒険家マゼランがフィリピン諸島を発見した場所であり、また彼が世界一周の途中、原住民に襲われ殺害された歴史的な場所であることを知った。その歴史的な事実の重さは、リゾートタウンと共にセブの町の重要性を誇張していた。旅は人を知識人に仕立て上げてくれるものだということをこのような場面で実感する。
今回の大会に参加させて頂いたことで、また多くの新しい友とのネットワークを築くことができた。感謝!!!

【GK】